言葉の意味が元来曖昧であったり、時間を経たことによって意味が疲弊したり混雑することはよくあります。それでも、漠としたシルエットを持つ言葉というのも確かにあって、「民族音楽」というキーワードは私がRUSHを考える時になぜか頭の中から消えてくれないのであります。
大体、民族音楽という言葉の一般的定義もよく知りはしない。先に言葉のイメージがあるだけなのであります・・・
RUSHサウンドがどこかの民族音楽に類型化されるというような突拍子も無い話ではありませんので(それはそれでこじつけとしては面白いかもしれないけど)。
民族音楽という言葉を自分なりに噛み砕いてみると何かが見えるかな、と。
----------------------------
民族音楽というのがよく使われる言葉ですが、民俗音楽というのもあるし、似た意味で使われるワールドミュージックという言葉もある。
民族音楽とは文字通り特定の地域民族によって伝統的に育まれてきた音楽のことであります。しかし、それは音楽を比較する際の意味であって、その音楽自体を主体に考えると「同じ(民族という)条件を有する人々によって伝統化された(愛され続ける)音楽の形」ということになります。
民族音楽とはまた、古典的(古くからの歴史がある)ということも条件に加わっているようでもあり、例えば日本の演歌や、アメリカのカントリーなどは民族音楽ではなく民俗音楽となるようです。
個人的にはもっと端的に「(民族的範囲において)歴史的に独特なスケール(音階)、音程、リズムを使って作られる音楽」と言ってしまった方が解り易いのではないかと考えています。所謂、ポピュラーな音程、ピッチに制限されない自由な(その民族音楽の中での制限はありますね、逆に)基準を有する音楽であると・・・
「民族的範囲」という言葉をかっこ書きにしたのは民族の箍にはまらない場合もあり、地域的に属する場合もあるからです。身近な例で言えば、沖縄音階「C, E, F, G, B, C」は民族としては日本でありますが、日本的というよりも八重山独特の音楽であります。沖縄の其れは「民謡」と小さく括るにはあまりにも鮮烈で独特な音楽文化であると思いますし、文字の弊害を海容すれば民族的音楽と言えると考えます(民族論ではないので誤解無きようお願いします)。
民族と一致したという観点では、インドネシアのペロッグ音階や、アラブのアラビア音階(これも種類は多数あるようです)が民族音楽という言葉の意味に近いように思う。ジプシー音階の「A,B,C,D#,E,F,G#,A」もかなり独特です。
リズム的にも変拍子なものが多いように思います。変拍子というか拍子がよく判らないものや、7拍子や5拍子で貫かれたもの等々・・・。
というか拍子を意識して作られてはいないんだろうな、始原の段階では。言葉の切れ目とかアクセントの入れ方に依存したりして。4/4拍子がベースという基準概念が元々無い。
そして民族音楽とは民族の根源的精神そのものの現れであるからこそ伝統となっているわけです。
(これについては色々、反論もあろうかとも思います。雅楽は民族音楽ですが現代日本人の精神か?と。でも、初詣やお祓いに行って巫女さんの舞のバックに流れる簡単な雅曲を不快に思ったり、マッチしてねぇなぁと思う人はあまりいないと思うんですね。根源的な精神とはその程度のものです。Neil師匠が使うキーワード「primitive」が近いかもしれません。素朴に染み付いている始原な感性とでもいいましょうか。ナショナリズムではありません。雅楽は全日本人的ではないのかもしれませんが、それはどの民族音楽についても言えることですし、音楽は届くその時、必ずその時点の感情や嗜好に影響を受けるものです。)
------------------------
ここまでRUSHの「R」の字も書かないで述べてきましたが・・・
つづく
2006年02月17日
この記事へのトラックバック



気がついたらあの時間という感じでしたね…
ママさんも気安く「DVD終わっちゃったよ。」と煽るものだから^^
Limelight3回も聴けたのでご満悦でした
また機会がありましたらよろしくです。